「才能の無駄遣い」を大学ではしよう

他人の論文の発表を聞くとき、私はよく「それは何の意味があるのですか?何が嬉しいのですか?」と訪ねる。

研究の意味を追求することはモチベーションにつながるから、「何が嬉しいのか?」という問いもあっていいとは思う。

しかし大学は才能の無駄遣いができる最後の場所かもしれない。そう考えると、何をやったっていいような気がする。

その代わり、無駄遣いと言えるほどに自分の才能を使うべきなのだろう。